三木 義和
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まずは、社長が「情熱カンパニー」を立ち上げるまでのエピソードをお聞かせください。
元々は神戸で人材系の会社に勤めていました。上場もしている大きな会社でしたが、非常にハードな環境で、同期32人のうち、私が辞める時には自分一人しか残っていませんでした。素敵な仲間たちが次々と去っていくのを見るのは、本当に辛い経験でした。
「三木さん、まだこの会社で働き続けるんですか?」退職する人が発生する度に、突きつけられる大きな問いでした。私はこの頃から「人が辞めない、仲間とい続けられる理想の会社」を自分で作りたいと強く思うようになったんです。そこで、個々の力を最大限に活かせる場として「農業」に可能性を感じ、知識も技術もゼロの状態から農業で起業するために、香川県の農家さんのもとへ修行に飛び込みました。
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現在は農業の「情熱カンパニー」と、福祉の「チーム情熱」の二本柱で事業を展開されていますが、この形になったきっかけは何だったのでしょうか。
香川県での修行を終え、100人規模の農園を作りたいという夢を持ち、ご縁があり徳島県阿南市で農業法人情熱カンパニーを始めました!そして1年目には、サラリーマン当時の仲間3人も阿南に移住を決めて一緒に農業を始めました。そのメンバーが、今のチーム情熱神戸の責任者の松浦さん、姫路農場責任者の槇山さん、阿南のサビ管の荒巻さんなんです!
2014年に農業をスタートさせて間もなく、野菜の卸先だった精神科病院の先生から、「精神的な病を抱える方々の社会復帰の場として、農業体験をさせてほしい」と相談を受けました。
週に二度の農業体験を始めると、「ここで働きたい」という声が上がるようになりました。しかし、体調や精神面の波がある方々を多く受け入れるには、専門的なサポート機能が不可欠です。そこで病院側とも話し合い、「農業×福祉」という今の体制のきっかけを始めることになりました。
実は、最初に「働きたい」と言ってくれた彼がいましたが、当時は体調の問題で就職が叶いませんでした。ですが、10年経った今、ようやく彼を仲間として迎え入れることができました。これは私にとっても非常に感慨深い出来事でした。
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会社名にもなっている「情熱」という言葉。創業当時からこの言葉に込めている、一番大切にしている想いを聞かせてください。
社名を決めるのには2年かかりました(笑)。「収穫祭」や「ソイルメーカー」など色々考えましたが、最後に行き着いたのが「情熱」です。
事業をしていれば、必ず苦しい時が来ます。自分が折れそうになった時、最後にすがれるものは何かと考えたら、それは理屈ではなく「やりたい」という熱い想い、つまり「情熱」なのだと気づきました。そして100名の会社にしたい思いで「カンパニー」を付け、株式会社情熱カンパニーの社名が誕生しました。
また、福祉事業の「チーム情熱」には、一人ひとりの得意分野を活かしてチームで動くという意味を込めています。今の「情熱」は、ただ熱苦しいだけではなく、情け(なさけ)が熱く、温かく、包摂的なエネルギーを指しています。
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立ち上げ当初は苦労も多かったと思いますが、一番の「壁」は何でしたか?それをどうやって乗り越えてきたのでしょうか。
2014年の大規模な台風です。野菜も機械も、そして資金もすべて失いかけました。当時はパートさんが数名いましたが、甚大な被害を受けた時、彼女たちは「私たちは1ヶ月働かなくても生きて行ける!大丈夫だから、立て直して」とキャッシュと仕事が無くなった僕の背中を押してくれました。あの時の経験から、経営者としてお金の管理や、スタッフの雇用を守るための「仕事の安定化」の重要性を痛烈に学びました。苦労というよりは、今となっては大きな学びを得たラッキーな出来事だったと捉えています。
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2024年には、グループ会社の菜々屋としてノウフクアワードのグランプリを受賞され、情熱カンパニー(農業)×チーム情熱(福祉)ならではの農福連携の魅力を教えてください。
農業と福祉は非常に相性が良い。ですが、それを事業として成立させ継続させ、働く人が主役となって輝ける組織まで作り上げることは簡単ではありません。現在、120名以上の仲間が、現場の最前線で活躍しています。行政や農協とも連携し、県全体でこの価値を証明できていることは大きな誇りであり農福連携の本当の魅力です。
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5年後、10年後の会社はどんな姿になっているイメージですか?今後のビジョンを教えてください。
明確な目標があります。設立20周年となる2034年までに、日本全国22拠点以上、そして世界へも広げます。各拠点は50人規模の農園で、その6割をなんらかの障がいを抱えたメンバーが構成するモデルを目指しています!
実は今年(2026年)からマレーシアの障がい者が抱える課題解決に向けた戦略アドバイザーとして、国境を越えたプロジェクトがスタートします。
2034年には、世界中から1,000人の仲間が徳島の本社に集まり、20周年パーティーを開催したい。これが今、私が描いている未来図です。 -
これから一緒に「夢の続き」を描いていく未来の仲間や若者、「何かを変えたい、挑戦したい」と思いつつ、あと一歩が踏み出せないでいる人へ、背中を押すエールや熱いメッセージをお願いします!
世間では「理想論だ」と言われるかもしれませんが、私は「その人の得意なことが役割になった時、人は一番輝く」と信じていますし、何度もその姿を見てきました。
苦手なことを無理にやる毎日はしんどい。でも、自分の得意なことでチームに貢献できているという自負が持てれば、働くことは最高に楽しくなります。情熱カンパニー・チーム情熱は、そんな場所でありたいと思っています。「明日も仕事に行くのが楽しみだ」と思える日々を、ぜひ皆さんも追いかけてみてください。 -
最後に、社長がこれほどまでに情熱を注ぎ続けられる、その「エネルギーの源」は何ですか?
それは、「自分の情熱によって、仲間の人生が少しでも前進する姿を見ることが、嘘偽りない私の幸せです」
私は、仲間の人生が好転していく姿を見るのが何よりの幸せなんです。私たちには、今や120名を超える仲間がいます。それぞれが「得意」を役割に変え、自分に自信を持って輝き、成長していく。
特に、繁忙期の畑で、自らの限界を超えて成長している自信に満ちた瞳を見た瞬間、私は「この場所を創って本当に良かった」と魂が震えるようなエネルギーをもらいます。仲間の成長こそが、私を突き動かす最大の原動力なのです。
今後、日本・世界中にエネルギー溢れる仲間を作っていきたいと思っています!
情熱で働いてみたい、情熱と一緒に何かをしたいなどあれば、お問い合わせください!
幸せに生きていきましょう!